ドリーム

●何年かぶりに映画を見に行ったので感想。映画館のシステムが変わってて驚く浦島太郎っぷりだった。
 
●まだ黒人が差別的な扱いを受けている時代にNASAで働いていた3人の実在の黒人女性をモデルにした映画。言われているとおりいい映画だったんじゃないでしょうか。これはファンタジーだな、と思う部分もありましたが、映画ですしね。
 
●私の母は高卒で鉄道会社の事務方に就職して定年まで勤めたという人で(しかしまったく出世しなかった)、それも映画を見に行った動機の1つ。あと人種差別もテーマなので暴力的なシーンがあるのではないかと恐れていたのだけど、そういうのはなかった(つらい場面はあります)ので、似たような人には大丈夫だよと言いたい。


●以下あれこれ思ったことを羅列。ネタバレを含みます
 
 
 
 
●飛行士の兄ちゃん、いいヤツすぎるだろ、ってのと上司もかっこよすぎる。職場に不満のある人間みんな見に行くべき。
 
 
●邦題で揉めて話題になった映画だが、原題は『Hidden Figures』。たしかに冒頭にそういう場面がある。まだ幼い主人公のキャサリンが見る模様から数学的な図形を抽出していく場面で、なるほど、と思い、これはクライマックスでこの才能が役に立つのだろうと思っていたらそんなことはなかったので、邦題から外した人の気持ちも少しわかった。埋もれている彼女たちの貢献というニュアンスの方が強かったのな。
 
 
●キャサリンには(メアリーにも)子供がいるのだが、育児は母(子供らには祖母)が引き受けていたようだ。その辺軽く流されてるのだが、うちの母は俺や弟を生んですぐ職場復帰したので、そして父も働いてる共働きの家庭だったので、俺も弟も基本的に預けられて育った。保育所に行く前は有志の託児所で、小学校に上がると学校終わっても家に誰もいないのでこれまた有志の人の家に預けられていた。そういう人間からすると育児についてはえらくあっさり流したな、と思う。女は結婚したら辞めて家庭に入れという常識と圧力は今でもあるし、当時はもっと強かったと思うのだけど。キャサリンは片親で彼女が収入を得なければ暮らしていけないのでまだわかるのだが、夫がいたメアリーの家はかなり揉めたんじゃないだろうか。
 
 
●真珠も気になった。黒人が身に着けていいアクセサリーは真珠まで、というルールがあったらしく、でも黒人の収入では真珠なんて買えやしない、とキャサリンが激昂するシーンがあり、後にキャサリンを認めた白人の女性から真珠を贈られるのだけど、これ強烈な嫌味になってないか。真珠までなら身に着けていいと一方的に決められて、それで真珠をつけたいと思うだろうか。それも決めた側の人間から贈られた真珠。俺なら意地でもつけんけど。
 
 
IBM周辺がかなりファンタジー色が強いように思えた。図書館で借りて来た本でそこまで行けるものだろうか。そしてあれだけ高い設備が簡単に侵入できる状態で放置されたままということがあるだろうか。専門家が簡単な配線ミスに気がつかないなんてあるだろうか。
 
 
●この話は黒人女性が実力で居場所を勝ち取る物語、だと思うのだが、昔からこの種のストーリーの根っこにある役に立つから、都合がいいから認められるという根っこの部分が気になるのだな。“黒人でも能力があれば受け入られる”の反対は“白人でも能力がなければ除外される”にならないだろうか。ひねくれた見方になってるとは思うけど。NASAという目的が明確な機能的な組織だからそうなるのだ、というならこれが社会というものならどうだろう。社会には何か目的があるだろうか。社会に受け入れられるための条件ってなんだろう。受け入れるかどうか、審査して決めるのは誰だ? そんなことを考えさせられた。
 
 
●そしてこれは本当に余談なのだけど、例えば日本の女性政治家には極端な思想の人が多い気がしてる。これは基本的に男だらけの集団に受け入れられるためにはそうなる必要があるからではないのか。それともそういう人が目立つだけなのだろうか。排除されてるものは見えない、というのもこの映画のテーマだろう。
 
 
 
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